人間不信から立ち直った壮絶な人生経験
人へ感謝する気持ちを誰よりも大切にする
つらい過去を乗り越えた彼が伝えたい心の想い

佐藤 大樹Daiki Sato

1990年10月20日生まれ。東京都出身。
IT業界にて全国トップランクの成績を誇っていた時代に外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け転職。
入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

佐藤 大樹Daiki Sato


1990年10月20日生まれ。東京都出身。
IT業界にて全国トップランクの成績を誇っていた時代に外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け転職。 入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

PROFILE

IT業界にて全国トップランクの営業成績を誇っていた時代に外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け転職。現役で活躍中の彼が歩んできた人生を追うとともに、彼のこれまでの経歴や、人に対して常に感謝の心をもって仕事するという彼の在り方をここにご紹介させていただこう。

感謝する心

感謝する心

お会いできた時間を大切に

僕が人と接する時に常に意識していることが、相手に感謝する気持ちを1番にもつということです。
初めてお会いした人に対して、まず僕と会う時間を設けていただいたことに感謝をしています。
時間をいただけたこと、そして来ていただいたことに感謝。
僕と会っている時間が無駄にならないように、
それに見合った情報提供や何かのお役に立てるようにと常に心がけています。


僕が人と接する時に常に意識していることが、相手に感謝する気持ちを1番にもつということです。 初めてお会いした人に対して、まず僕と会う時間を設けていただいたことに感謝をしています。 時間をいただけたこと、そして来ていただいたことに感謝。 僕と会っている時間が無駄にならないように、 それに見合った情報提供や何かのお役に立てるようにと常に心がけています。


父親の背中を追った中学時代

父親の背中を追った中学時代

家族を想う気持ち




僕は3人兄妹の末っ子で、親や祖父母には小さい頃から自由に過ごさせてもらえていました。
その環境もあってか、中学生時代の僕はやんちゃで、結構悪さをしていました。
そんな僕が初めて親に対して感謝の想いをもった出来事があったんです。それも中学生の時でした。
僕が母親と喧嘩をした時に、ムカッときて母親を殴ってしまったことがあったんです。

その時、普段は全く介入していなかった父親が血相を変えて「おれの女に手をだすな」と言って、
僕は父親にボコボコにされました。その時のことは未だによく覚えているんですが、
ボコボコにされた後に、冬場にTシャツ1枚で外に放り出されて、頭を冷やせと言われました。
その時に、父親が家族のことをちゃんと想ってくれていることに気が付きました。

その出来事を境に、結婚して自分にも子どもが生まれたらこういう父親になりたい、
親孝行したいと思うようになったんです。

今になって思い出すんですが、小さい頃は自分に嫌なことがあった時や愚痴を言っていた時に、
父親からは「人の悪口を言うと幸せになれない。悪いことばかり考えていると、悪いことしか起きない。
だから良いことばかりを考えろ」と教わっていました。父親には小さい頃から、
人との付き合い方や人としての在り方など、たくさん教えくれていました。そのことに今とても感謝しています。




僕は3人兄妹の末っ子で、親や祖父母には小さい頃から自由に過ごさせてもらえていました。 その環境もあってか、中学生時代の僕はやんちゃで、結構悪さをしていました。 そんな僕が初めて親に対して感謝の想いをもった出来事があったんです。それも中学生の時でした。 僕が母親と喧嘩をした時に、ムカッときて母親を殴ってしまったことがあったんです。

その時、普段は全く介入していなかった父親が血相を変えて「おれの女に手をだすな」と言って、 僕は父親にボコボコにされました。その時のことは未だによく覚えているんですが、 ボコボコにされた後に、冬場にTシャツ1枚で外に放り出されて、頭を冷やせと言われました。 その時に、父親が家族のことをちゃんと想ってくれていることに気が付きました。

その出来事を境に、結婚して自分にも子どもが生まれたらこういう父親になりたい、 親孝行したいと思うようになったんです。

今になって思い出すんですが、小さい頃は自分に嫌なことがあった時や愚痴を言っていた時に、 父親からは「人の悪口を言うと幸せになれない。悪いことばかり考えていると、悪いことしか起きない。 だから良いことばかりを考えろ」と教わっていました。父親には小さい頃から、 人との付き合い方や人としての在り方など、たくさん教えくれていました。そのことに今とても感謝しています。

不祥事の責任を負わされる

不祥事の責任を負わされる

人間関係で思い悩んだ過去

僕にはスタイリストになりたいという夢があったので、
ファッションの大手の会社に就職し、某テレビ局で衣装部として働いていました。
しかし会社に所属していたアシスタント時代は、とてもつらいものでした。

上司が起こした不祥事を押し付けられ、僕が全責任を背負うこともありました。
それ以降、人との関わり方で思い悩み、会社に行っても誰とも話さない、たくさん人に当たったりもしました。
でも、どれだけ僕が相手を傷つけようとも、友達や先輩は常に僕のことを気にかけてくれたんです。

その時に、自分が相手を傷つけているのに、なぜこんなに自分を気にしてくれるんだろうって思った時から、
そのありがたみに気付いたことで回復していきました。

僕にはスタイリストになりたいという夢があったので、 ファッションの大手の会社に新卒で就職し、某テレビ局で衣装部として働いていました。 しかし会社に所属していたアシスタント時代は、とてもつらいものでした。

上司が起こした不祥事を押し付けられ、僕が全責任を背負うこともありました。 それ以降、人との関わり方で思い悩み、会社に行っても誰とも話さない、たくさん人に当たったりもしました。 でも、どれだけ僕が相手を傷つけようとも、友達や先輩は常に僕のことを気にかけてくれたんです。

その時に、自分が相手を傷つけているのに、なぜこんなに自分を気にしてくれるんだろうって思った時から、 そのありがたみに気付いたことで回復していきました。

年末を迎えたタイミングで会社からは、以前の不祥事の責任として異動を言い渡され、
その理不尽な処遇に納得できずに社長へ直談判をするも取り合ってもらえなかったので、自ら退職を決意しました。
それから、お客様に感謝してもらえる仕事をしたいと思いアパレル業界へと入りました。
たくさんのお客様に喜んでもらえたおかげで、
売り上げは店舗で1位、全国では2位という成績をいただくことができました。

しかしどれだけ個人で売ったとしても店舗全体の売り上げにはあまり影響がなかったために、
会社からの評価はされませんでした。そのタイミングで転職を考え始め、
多くの方から考えてもいなかった営業職を勧められ、人生をまた1からスタートさせるために、
ファッションという道は選択肢から外し、未経験であったITの会社へあえて転職しました。

猛勉強と必死の努力の末、そこでの成績も会社のトップで、担当した案件は全国規模で次第に拡大していきました。
その時に現在の会社からヘッドハンティングを受けたんです。

年末を迎えたタイミングで会社からは、以前の不祥事の責任として異動を言い渡され、 その理不尽な処遇に納得できずに社長へ直談判をするも取り合ってもらえなかったので、自ら退職を決意しました。 それから、お客様に感謝してもらえる仕事をしたいと思いアパレル業界へと入りました。

たくさんのお客様に喜んでもらえたおかげで、 売り上げは店舗で1位、全国では2位という成績をいただくことができました。 しかしどれだけ個人で売ったとしても店舗全体の売り上げにはあまり影響がなかったために、 会社からの評価はされませんでした。そのタイミングで転職を考え始め、 多くの方から考えてもいなかった営業職を勧められ、人生をまた1からスタートさせるために、 ファッションという道は選択肢から外し、未経験であったITの会社へあえて転職しました。

猛勉強と必死の努力の末、そこでの成績も会社のトップで、担当した案件は全国規模で次第に拡大していきました。 その時に現在の会社からヘッドハンティングを受けたんです。

保険の大切さに気付かされた

保険の大切さに気付かされた

それを初めて教えてくれたのが今の会社

ヘッドハンティングを受けた時、その方に自分の将来についての話を聞かせてくださいと言われました。
何も考えていない自分がいて、声をかけてくださった方には初対面で一言「かっこ悪いですね」と言われました。
その時に保険という業界に興味が湧いたんです。
初対面の人にそんなことを言われめちゃめちゃムカついたと同時に、
その方が働いている保険という業界について興味が湧いたんです。
そして、勉強していくうちに保険の重要性や価値に気付きました。
若い世代の方は特に早めに取り組んでおかないと、近い将来に必ず後悔すると感じたんです。

それまで保険の話は聞いたことがありましたが、初めてちゃんと聞かせてくれて、
そして初めてちゃんと大切さを教えてくました。

この会社はフルコミッションという青天井の世界ですが、
人の役に立つことができて、自分の人生にとって大きなチャンスだと思い、転職を決意しました。
そして入社して改めて感じたことが、スタイリスト時代に学んだ人間関係の大切さやコミュニケーションの重要性。
信頼関係のもとで仕事が生まれること。
その大切さをより濃く感じました。

ヘッドハンティングを受けた時、その方に自分の将来についての話を聞かせてくださいと言われました。 何も考えていない自分がいて、声をかけてくださった方には初対面で一言「かっこ悪いですね」と言われました。 初対面の人にそんなことを言われめちゃめちゃムカついたと同時に、 その方が働いている保険という業界について興味が湧いたんです。 この人たちが働いている業界ってどんなのだろうって。 そして、勉強していくうちに保険の重要性や価値に気付きました。 若い世代の方は特に早めに取り組んでおかないと、近い将来に必ず後悔すると感じたんです。

それまで保険の話は聞いたことがありましたが、初めてちゃんと聞かせてくれて、 そして初めてちゃんと大切さを教えてくれました。

この会社はフルコミッションという青天井の世界ですが、 人の役に立つことができて、自分の人生にとって大きなチャンスだと思い、転職を決意しました。 そして入社して改めて感じたことが、スタイリスト時代に学んだ人間関係の大切さやコミュニケーションの重要性。 信頼関係のもとで仕事が生まれること。 その大切さをより濃く感じました。

働き方の支援をしていきたい

働き方の支援をしていきたい

挫折を味わったからこそ伝えられる想い

今の目の前の目標は、若い人たちの働き方を支援して、
青天井の世界へ飛び込んでいけるように背中を押していくことです。
僕も色々と仕事で挫折してきた人間なので、
転職を考えている人の期待や不安、つらさも十分にわかります。
でも、その時に青天井の世界にトライする勇気をもつことの大切さ、 そして自分の可能性を信じてあげる大切さを知ってもらいたいんです。

これから先の時代は会社に入ることが安定だとも限らないし、
一般的に思い描く幸せを手にすることが難しくなってくるはずです。
今の常識が常識じゃなくなってくるはずです。

そんな時に、転職で悩んでいる方たちや大学生などの若い人たちの
背中を押してあげられる活動をしていきたいんです。世の中に影響を与えられるような人へ。

今の目の前の目標は、若い人たちの働き方を支援して、 青天井の世界へ飛び込んでいけるように背中を押していくことです。 僕も色々と仕事で挫折してきた人間なので、 転職を考えている人の期待や不安、つらさも十分にわかります。 でも、その時に青天井の世界にトライする勇気をもつことの大切さ、 そして自分の可能性を信じてあげる大切さを知ってもらいたいんです。

これから先の時代は会社に入ることが安定だとも限らないし、 一般的に思い描く幸せを手にすることが難しくなってくるはずです。 今の常識が常識じゃなくなってくるはずです。

そんな時に、転職で悩んでいる方たちや大学生などの若い人たちの 背中を押してあげられる活動をしていきたいんです。世の中に影響を与えられるような人へ。

お世話になった方への恩返し

お世話になった方への恩返し

最後には笑って死ねる人生を

最終目標は、僕が定年退職した時に、
僕に関わってくれた方たち全員が集まれるようなコミュニティを作って、

僕のマインドや活動を残していくことです。
僕の資産を全て使ってでも恩返しをしていきたいんです。

僕が死んでも、困っている人たちがいたら
周りで助け合っていけるようなコミュニティを作っていきたいんです。
そうやって人生を終えられることができたら、僕は幸せです。

最終目標は、僕が定年退職した時に、 僕に関わってくれた方たち全員が集まれるようなコミュニティを作って、 僕のマインドや活動を残していくことです。 僕の資産を全て使ってでも恩返しをしていきたいんです。

僕が死んでも、困っている人たちがいたら 周りで助け合っていけるようなコミュニティを作っていきたいんです。 そうやって人生を終えられることができたら、僕は幸せです。

Photo and Written by Junya Okubo

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