人の人生に寄り添える生き方を
出会うすべての人の役に立てる自分へ
出会いを大切にする、彼の仕事に対する想いとは

大森 竜也Tatsuya Omori

1988年10月3日生まれ、大分県出身。
外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け、当時勤務していた外資系コンサルティング会社より転職。
入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

大森 竜也Tatsuya Omori


1988年10月3日生まれ、大分県出身。
外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け、当時勤務していた外資系コンサルティング会社より転職。 入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

PROFILE

慶應大学入学のために福岡より上京し、卒業後には外資系コンサルティング会社へ就職。朝から終電まで働く日々の中で外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け、未経験ながらも転職。現役で活躍中の彼が歩んできた人生を追うとともに、常に挑戦し続ける彼のこれまでの経歴や、仕事に対する在り方をここにご紹介させていただこう。

人の役に立てる自分へ

人の役に立てる自分へ

その人の人生に寄り添える生き方を

僕が今の会社で働き続けているのには目的があって、僕がこれまで出会ってきた方たち、
そしてこれから出会っていく方たちの役に立てる自分自身になりたいと思っています。
誰かの人生のターニングポイントが自分であったり、
困り事や悩み事があった時に1番初めに相談してもらえるような人間になりたいんです。


僕が今の会社で働き続けているのには目的があって、僕がこれまで出会ってきた方たち、 そしてこれから出会っていく方たちの役に立てる自分自身になりたいと思っています。 誰かの人生のターニングポイントが自分であったり、 困り事や悩み事があった時に1番初めに相談してもらえるような人間になりたいんです。


壮絶な学生時代

壮絶な学生時代

気合いと根性を培った




小さい頃は遊ぶことが大好きで、学校から帰って来てからは友達とよく遊んでいました。
当時はなりたい仕事とかは特になく、未だに覚えているんですが、
小学校の卒業文集に「普通の親父にならない」と書いていましたね。

そして中高時代はバレーボール部でキャプテンを務めていたんですが、
とにかく監督とコーチが厳しく、ビンタをされたりミスをしたらパイプ椅子が飛んできたりと、
壮絶な時代だったと思います。当時は鼓膜が破れたりすることもありました。
そこで気合いと根性は身につきましたね。
当時はつらかったというよりは、強くなるためには必要なステップだという感覚で過ごしていました。




小さい頃は遊ぶことが大好きで、学校から帰って来てからは友達とよく遊んでいました。 当時はなりたい仕事とかは特になく、未だに覚えているんですが、 小学校の卒業文集に「普通の親父にならない」と書いていましたね。

そして中高時代はバレーボール部でキャプテンを務めていたんですが、 とにかく監督とコーチが厳しく、ビンタをされたりミスをしたらパイプ椅子が飛んできたりと、 壮絶な時代だったと思います。当時は鼓膜が破れたりすることもありました。 そこで気合いと根性は身につきましたね。 当時はつらかったというよりは、強くなるためには必要なステップだという感覚で過ごしていました。

外資系コンサルティング会社へ

外資系コンサルティング会社へ

朝から終電まで働く生活を4年間

大学卒業後は外資系のコンサルティング会社に就職しました。
ステップアップも早い環境ではあったので、若いうちから色んな経験をしようと考えていました。
当時は仕事に対して、楽しさっていう感覚はなく、仕事はやるべきもの、使命感や義務感という感覚でしたね。
朝から終電まで仕事をする生活が4年間続きました。

そして2016年の4月に今の会社にヘッドハンティングを受け、転職をしました。
完全にフルコミッションの世界の中で自分の限界にチャレンジしていくことに対し、その働き方に魅力を感じたんです。

大学卒業後は外資系のコンサルティング会社に就職しました。 ステップアップも早い環境ではあったので、若いうちから色んな経験をしようと考えていました。 当時は仕事に対して、楽しさっていう感覚はなく、仕事はやるべきもの、使命感や義務感という感覚でしたね。 朝から終電まで仕事をする生活が4年間続きました。 そして2016年の4月に今の会社にヘッドハンティングを受け、転職をしました。 完全にフルコミッションの世界の中で自分の限界にチャレンジしていくことに対し、その働き方に魅力を感じたんです。

人生を通して感動を

人生を通して感動を

今も働き続ける理由とは

僕が今の会社へ転職する決め手となったのは、会社にあった標語です。
「頑張っても頑張らなくても変わらない人生だったら、頑張らない」。
フルコミッションの世界なので、努力によって自分の結果も変わるし、自分の環境も変わる、
じゃあ自分はどこまで挑戦できるんだろうと思いました。

新しい出会いがとても大事になってくる仕事なので、
色んな方に会っていく中で、新たな感動を与えてくれる人にも出会える。

福岡から上京してきた時に味わった感動、出会いの多さや情報の多さ、人付き合いにもたくさん恵まれました。
地元で生活していたらあの感動はなかっただろうし、前職でもそういった感動はありませんでした。

僕は人生を通して、この感動を味わい続けていきたいんです。

僕が今の会社へ転職する決め手となったのは、会社にあった標語です。 「頑張っても頑張らなくても変わらない人生だったら、頑張らない」。 フルコミッションの世界なので、努力によって自分の結果も変わるし、自分の環境も変わる、 じゃあ自分はどこまで挑戦できるんだろうと思いました。

新しい出会いがとても大事になってくる仕事なので、 色んな方に会っていく中で、新たな感動を与えてくれる人にも出会える。 福岡から上京してきた時に味わった感動、出会いの多さや情報の多さ、人付き合いにもたくさん恵まれました。 地元で生活していたらあの感動はなかっただろうし、前職でもそういった感動はありませんでした。 僕は人生を通して、この感動を味わい続けていきたいんです。

出会いを大切に

出会いを大切に

すべての人の役に立てる自分へ

何か困り事があった時に、1番初めに相談してもらえる自分になりたいと思っています。
僕はそれが1番嬉しいです。僕の知識や繋がりが何かの役に立ったり。
たとえそれが保険じゃなくてもいいんですよね。
保険は二の次で、もちろんお伝えした上で信頼してもらえて、
お預かりさせていただけるのであれば、それは幸せなことですが、
まずは僕と共有してくれた時間に価値を感じでくれたらいいなと思っています。
出会えて良かったなと思ってもらえるのがゴールだと思っているので、
そうやって色んな方とお会いして、僕の知識や経験を広めていきたいです。

何か困り事があった時に、1番初めに相談してもらえる自分になりたいと思っています。 僕はそれが1番嬉しいです。僕の知識や繋がりが何かの役に立ったり。 たとえそれが保険じゃなくてもいいんですよね。 保険は二の次で、もちろんお伝えした上で信頼してもらえて、 お預かりさせていただけるのであれば、それは幸せなことですが、 まずは僕と共有してくれた時間に価値を感じでくれたらいいなと思っています。

出会えて良かったなと思ってもらえるのがゴールだと思っているので、 そうやって色んな方とお会いして、僕の知識や経験を広めていきたいです。

Photo and Written by Junya Okubo

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